七尾残り分 〜遅い夏休み Vol.6〜

にほんブログ村 グルメブログへ
投稿日:

七尾:
あまりに長く遅くなりすぎたので先ずは七尾の残り分をイッキに。
今回、旅行先に七尾を選んだのは「はた坊」に行くためですが、もう一つ理由が。
それがこの画像の「花嫁暖簾」。
着物系雑誌の「七緒」に「七尾には”花嫁暖簾”という風習がある」というのが載っていて、それが見てみたかったんです>主に妻


七尾:
花嫁暖簾というものは嫁入りの時に使うだけで、あとはほとんどしまいっぱなしらしいのですが、今回は週末にイベントがあり一本杉通りのいくつかの商店が花嫁暖簾を出すって事で早めに出されているいくつかの商店とあと着物屋さんで見る事が出来ました。
一枚目の画像は通りの入り口にある「戸田時計店」さんの花嫁暖簾。
この画像は「中山薬局」さんの花嫁暖簾です。
七尾:
折角の寿司の街「七尾」に来たんだから、寿司が1回だけでは寂しいと二日目のお昼もお寿司。
どのお店に行くか散々悩んだあげく、昨日行って鉄板(美味しい事確実)な「幸寿司本店」へ (^Q^;;;
七尾:
今夜には富山に移動って事で折角、石川まできたので能登島に行ってきました。
海の方に出て景色を見ると空には逆さ虹が。
着物姿の妻もビックリ(笑
七尾:
海に何かユラユラしてるものが見えるなと思ったら大量のクラゲ。
テレビニュースとかにもなってる越前クラゲって奴かな〜
こちらもビックリでした。
七尾:
さて、富山に向かわねばと車を走らせはじめると空は綺麗なチンダル現象。
思わず車を停めてパシャリ。
この時も別なところに虹が少し見えてました。
雨も降ってないのに、この時の虹って何だったんだろ……
(この次は富山編)

コメント コメントを追加

  1. ハタ坊 より:

    先日は遠い遠いことろありがとうございました!
    昨日ご一緒した以来の幸寿司行ってきました!
    香箱蟹はもちろん、今回は能登牡蠣の軍艦巻きも登場!!!!!!!
    12月に入るとついに寒ブリが登場だそうですよ!
    ワクワクです!笑。

  2. より:

    ご無沙汰しています。
    久し振りにサイトを拝見したら・・・北陸方面にいらしていたのですね。
    花嫁暖簾、私の故郷の富山にもありますよー。
    主に県西部ですが。
    弟の結婚式の日、義妹が持ってきて、家の座敷の入口にかけてありました。
    綺麗だったなぁ。
    義妹は西部の出身、私の実家は東部なので、その時初めて実物を見ました。
    富山編、楽しみにしています。

  3. >ハタ坊さん
    いえいえ~
    WebPageの画像見ました 🙂
    ううぅ……>牡蠣に寒ブリ~
    イヂメですか?イヂメですか!? (ToT
    p.s. ところどころ「はた坊」と「ハタ坊」を間違えているところがあったので直しました>これまでの記事
    >峰さん
    ええと、沖縄関連の峰さん?
    富山が故郷なんですね~
    そうそう、七尾で「花嫁暖簾って風習はここだけですか?」と聞いたら(呉服屋さんで)、おばさんが色々と説明してくれました。
    確かに富山方面の一部にもあると言ってました。
    花嫁暖簾で仏間というか家のメインの部屋の入り口にかけて、部屋側に新郎側がいて、その暖簾をくぐって嫁いでくるみたいですね。
    ああ、事物部をみたのですね~
    花嫁暖簾、他にも写真を撮ったのでそれは最近作った
    http://kimono.no-iroha.com/
    の方に載せますね。
    富山は魚津の「ねんじり亭」ってとこで飲んだのと、満寿泉って酒の蔵元さんに行ったのでそれを書きまーす。

  4. より:

    ははは、その「沖縄関連」の者です。
    私の方からは、綾乃ちゃんコミュなどでお名前を拝見しているものですから、
    間が空いた気もせず、唐突に失礼しました。
    「着物のいろは」の方も読ませていただきました。
    おもしろい!
    満寿泉さんは、おいしくて、意欲的だと思っています。
    「ねんじり亭」は知らなくて残念。

  5. >峰さん
    いえいえ〜
    ブログの方にはお初だったので念のための確認です (^^;
    満寿泉さん、すごいですね。
    お酒も美味しいし、お金持ち 🙂
    近くの通りを意欲的に再建されているそうです。
    (引用)
    岩瀬の街は、かつて北前船の寄港地として繁栄していました。現在でも岩瀬の大通り沿いには廻船問屋の豪勢な建物が軒を連ね往時の繁栄をしのばせます。その一角、「森家土蔵群」の中に田尻本店はあります。この建物は創建は藩政時代にさかのぼり、かつて岩瀬の五大家と呼ばれた廻船問屋「森家」の土蔵ととして使われてきました。北前船の隆盛と共に、増改築を繰り返され、一番新しい区画で大正時代のものといわれます。戦後は米の倉庫として使われてきましたが、米穀商の廃業により空家となり、また老朽化も進んでいたために一時は取り壊しも検討されていました。
    (引用終わり)
    「ねんじり亭」、魚津に行く機会があれば是非 (^Q^)

  6. ルミノックスマニア より:

    冬の旅行先といえば、七尾ですよね^^
    私も温泉に入りにまたいきたいなあと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA